大切な靴を長く使って、心に豊かさを
2025.07.10
今回は、創業明治25年、130年程の歴史がある中野市の靴修理専門店「天龍屋」さんを取材しました。
使う人の「思い」に応える靴修理専門店
天龍屋さんは明治時代に創業した商店で、荒物雑貨や日用雑貨の行商から始まり、現店主の町田さんの祖父の代に、下駄の鼻緒たて・草履の仕立てなど履物の事業をスタートされたそうです。先代のお父様の代では、靴と靴関連商品の販売事業をメインに靴の修理サービスを提供していました。
「私は、20年近く東京でサラリーマンをしていました。父が亡くなったことをきっかけに地元に戻り、屋号を継承して2022年に靴修理専門店としてリニューアルオープンしました」と話すのは、店主の町田晋一さん。
物があふれ、古くなれば新しいものに買い替えるのが「当たり前」になっている時代の中で、逆に「物を大切にしよう」という潮流やSDGsなどの概念がこの仕事を後押ししてくれたのだそう。靴修理のサービスという切り口で、地域の人の心身の健康に貢献したいという思いも、事業継承を後押ししました。
今回の取材は、10年以上履いている大切な靴の修理をお願いしたことがきっかけで実現しました。気に入っている靴で、一度他県のお店で修理してもらったものですが、履いているうちにまた靴底がすり減っていました。もうだめかなと諦めかけていたときに「天龍屋」さんに直していただいたのです。今回は、修理したての靴の受取に合わせて取材を受けてくださることになったのです。
気に入っている靴をまた履けることがうれしくてワクワクしています。
「お客様の大切な靴をお預かりし、修理を施すので“絶対に失敗はできない”と常に緊張感をもって作業しています」と町田さん。
今回の修理も、どのように直してくださったのかをていねいにご説明いただきました。
履きすぎて、だいぶ傷んでしまっていた靴もこの通り、ピカピカに!






◉ 畑違いの業界から靴修理の道へ
小さい頃から靴に囲まれて育った町田さんですが、大学卒業後、IT業界で約20年ほど働いていたそうです。
「父が亡くなるまで、店のことには全然興味関心がなく、家業をどうするかとい話は父とは一切したことがありませんでした。父が亡くなって店の片付けをする中で、残っている商品を実際に自分で見て、手で確かめていくことで、ようやく父がどのような店舗を培ってきたのかが分かるようになり、家業に興味が湧きました。」
そんな中で新型コロナのパンデミックがあり、東京と長野の行き来ができなくなり、東京で自粛生活をしながら自分の気持ちを冷静に見つめ直したときに、「このまま東京で会社員生活をして定年を迎え、そのあと地元に帰って何かを始めようとしたのではちょっと遅い、きっと後悔するだろうな」と思うようになったそうです。それに加えて、お父様が亡くなり、お店の片づけしているときに、近所の方々や靴修理を依頼いただいたことのある方から、閉店を惜しむ声を直接いただいたことも心に残っていました。
その後、中野で実現してみたいことが具体化したり、それにチャレンジしたいという想いが大きくなり、中野に戻って家業を継承しようと決断されました。
「2021年4月にUターンした直後から、自分がこの地域で実際に何をしたいのか、何をやっていくべきなのかということを、店の中の空間に自身を置くことでもう一度見つめ直すことにしました。その中で靴修理というビジネスに着目し、果たしてこの地域で事業として成り立つのかどうか、一から環境分析・検証を行いました。その結果、ものを大切にする社会の潮流がある中で、デジタル技術等を活用したプロモーションやニーズ喚起を工夫していけば、この小さな町でも靴修理ビジネスが成り立つのではないかと自分の中で確信しました。」
修理技術を身に着けるため、修行を重ねていき、2022年6月にオープン。当初は天龍屋さんを知っているお客様が多かったそうですが、現在ではホームページやSNSを通じて、お店のことを知って初めてご来店いただくという方が増えているそうです。



お店を始めてもうすぐ3年経過されましたが、手応えや地域の反応はいかがですか?
(町田さん)靴を修理して履き続けるという文化が根付くのか、地方でこのサービスが成り立つのか、始めるまでは分かりませんでした。東京には地下鉄の片隅に靴の修理屋があって、会社帰りに気軽に立ち寄れる。長野県でも都市部に行けばそうしたお店はありますが、この辺りではほとんど見かけません。だから潜在的なニーズを掘り起こせば、ビジネスとしてやっていけるかもしれないなと。地元に根付いて営業しているので、お客さんの大半は北信地域に住む人です。おかげさまで継続的に修理の依頼があり、これほど需要があるとは意外でした。
お仕事をしていて、どんな苦労がありますか?
(町田さん)靴の修理の技術を学ぶために、東京の学校に通いました。基本的な技術は学校で学べますが、それを応用するためには場数を踏む必要があります。なので、お店を始めてからが本当の修行でした。靴の形や製法、状態はそれぞれ違います。マニュアルはなく、その都度どのように修理するか、どこまで手を加えるかを考えなければなりません。それが難しさであり面白さでもあります。
いつもどんな思いでお仕事をされていますか?
(町田さん)靴は体の一部のようなもので、履き慣れた靴を手放すのは悲しいことです。部分的に直せばまだ履ける靴はあります。「この靴を履いてまた街を歩きたい」。そんな思いに靴の修理で応えたいと思っています。この仕事は、「もの売り」ではなく「こと売り」。物を買う喜びではなく、修理して履き続けられる喜びを感じてほしいのです。
自分の足に馴染んだ靴を履き続けることは身体的な健康にもつながるかもしれませんが、それよりもむしろ精神面での影響が大きいと思います。食べるものだけでなく、体に身に付けるものでも、心の豊かさや健康につながるのではないかと。靴を修理する際には、お客さんから伺った靴への思いを頭に置きながらいつも作業しています。
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「まさに「こと売り」という言葉がにつかわしい心温まるサービスです。
大切なものを長く愛用し続けることは、その人のQOLにもつながります。
医療とは必ずしも身体的な部分ばかりではありません。精神的な豊かさも含めてこそ、これからの医療なのではないでしょうか。
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