ただの“農家”で終わらせない
株式会社太陽と大地 代表取締役社長 柳澤謙太郎さん
私は大学卒業後、東京の食品商社で営業担当をしていました。両親はこの場所で「柳澤農園」という米農家をしていましたが、地元を離れ東京で働いているうちに、生まれ育った環境の素晴らしさと、両親がつくっていたお米の品質の高さに気がついたんです。そこで2004年26歳の時、会社を退職し実家に戻り農業を始めました。
2007年には八重原米研究会を、2009年には独自ブランド「謙太郎米」を立ち上げ、より品質にこだわったお米の生産と販売を突き詰めていました。
その一方で、JGAPの取得、酒米生産や大豆栽培、アジアへの輸出も積極的行い、2013年には地域の7軒のコメ農家とともに、国産米の輸出会社「風土Link株式会社」を設立し、現在取締役を務めています。
そして2014年3月、「株式会社太陽と大地」として法人化。会社名とあわせてホームページやロゴも十分に時間をかけてこだわりや思いを反映させていきました。
法人化するにあたり、やはり理念やロゴというものは旗印なのできちんと定める必要があると感じていました。その想いを社員はもちろん、取引関係者の方々やお米を買ってくださっている方々にもきちんとお伝えすべく、「太陽と大地の思い」そして、「太陽と大地という会社)」にてご紹介しています。
土台がしっかりしていないと大きな建物は建てたれないですからね、それと一緒です。
“太陽と大地”という会社
現在は、正社員3名、通年アルバイト1名で、種植え・稲刈りの時期には都度他にもお願いをしていて、インターンシップも積極的に受け入れています。若い世代にも農業を体験する機会を提供することに少しでも日本の農業や伝統文化に貢献できればという想いからです。
現在、生産量のメインが食用の米でコシヒカリ120トン、そして酒米が30トンです。栽培面積でいうと25ヘクタールになります。私が長野に戻ってきた頃は主食用米コシヒカリだけを育てていましたが、主食用米の栽培だけではお米農家を続けていけないのではないかという不安が常にありました。というのも生活スタイルの変化や人口減少から主食用米の消費量はどんどん減少しておりそれは今も続いています。年配の方はたくさん食べませんし、若い方でも夫婦共働きで二人が家帰ってからお米を研いで、浸漬して、炊いてご飯を食べるというのは大変ですよね。
そんな環境の中でも私達農家が誇りを持ってこれからも先お米を作り続けていくには、より日本の和の文化に深くふれていく必要があるのではと感じています。私達の育てたお米を食べて日本人に生まれて良かったと思えるようなお米、私達のお米をたべて豊かだと感じていただけるようなお米づくりを目指しています。そういう想いから、酒米づくり、つまり日本酒に携わる仕事をし始めたいと思うようになりました。
「大信州」との出会い
御存知の通り長野県に酒蔵はとても多いのですが東御市には酒蔵が一件もないんです。 “地元でつくったお米を地元の酒蔵でつくりました”というストーリーはわかりやくす、近所に酒蔵があればそこで作ってみようという話になったかもしれません。
でもどちらかというと僕らはいい最高の酒米から最高のお酒にしてほしいという想いが強く、「日本で一番おいしい酒米を育て、日本で一番おいしい酒蔵で、日本で一番おいしいお酒にしてくれたら幸せだね」という気持ちから取組を始めています。
どの酒蔵とご一緒しようかと思いましたが、私がもともと「大信州」が好きで、日本で一番おいしいと思っているお酒でした。そのため、大信州さんに一番初めに声をかけさせていただきました。最初は断られましたが紆余曲折あり、13年前ほどに「こんなご縁もあるから一度やってみるか」と大信州の田中社長に言っていただき、大信州酒造さんと酒米の契約栽培が始まりました。
今では大変良いお付き合いをしています。
大信州は、生産者をとても大切にしてくださいます。
そんな酒造とタッグを組めることになり、とても誇らしいです。
うちの酒米を使った大信州は、思った通り、日本で一番おいしい日本酒になったと思っています。
現在は、他にもお取引のある酒造が増えてきました。
酒米をつくる中で、私たちも長年の経験で最高の酒米をつくれるような技術とノウハウを蓄積でき/、もっともっといい酒米をたくさんつくりたいな、という想いがあり、他の酒蔵にも声をかけて良いかと田中社長に相談しました。
田中社長が当時、酒造組合の原料部長も兼任されていて、酒造組合を通し、いい酒米がいい蔵に入ることは長野県の酒蔵にとってプラスになる、ということでご承諾いただき、おかげさまで現在、八重原米を使ってくださっている酒造は増えてきました。
「大信州」(大信州酒造株式会社)」
「佐久の花(佐久の花酒造株式会社)」
「十六代九郎右衛門 (湯川酒造店)」
「明鏡止水 (大澤酒造株式会社)」
「和田龍登水(和田龍酒造株式会社)」
「高天(髙天酒造株式会社)」
「豊香(株式会社豊島屋)」
点ではなく面で行動しブランドに
2007年に設立した「八重原米研究会」は、近所の歳が近い農家仲間同士のアイデアから生まれました。
笹平農園の笹平達也さん、白倉ファームの白倉卓馬さんは同じ歳くらいの時に就農しました。ある時、東京のイベントに3人で出店しました。その時は個々にブースを作っていましたが、みな扱っているのは八重原米、買い手の目線からみると同じものですよね。そこで一人ひとりでは生産量や発信力も小さいけれど、もっと地域で一丸となり一緒に活動していけばより強く情報発信、アピールできるのではなかと感じました。そして素晴らしい環境と恵まれた地域で育まれた八重原米をもっと知ってもうために、八重原米研究会を三人で立ち上げました。
地域内での技術や情報の交換を始め、その活動が実を結び2008年には長野県で初のJGAP認証(穀物)を取得しました。
それから安心して食べられるお米として評価いただき、学校給食や老人施設などでも使っていただいています。
そんな取り組みと並行し、おいしいお米をもっと多くの人に食べてもらいたいという気持ちから、輸出にも力を入れ、同じ仲間で「風土Link株式会社」を立ち上げました。輸出の活動になると八重原米研究会の枠内では治らなくなってきたんです。
現在は30件の米農家と一緒に、300トンほど輸出しています。
私達が船を手配して輸出をするのは大変なので、東京の商社を通してやっています。現在、年間の売上が5000万円くらいなので、今後もっと規模がおおきくなれば自分たち自身の手で輸出に取り組んでいければと思っています。
“日本一おいしい酒米”誕生秘話
酒米と食用米はまず品種が違います。酒米である“ひとごこち”や“金紋錦”は食用のお米のコシヒカリより生育が早く、分蘖(ぶんげつ)※1がとりにくい品種です。そのため植え付ける本数、距離を見極めることなど初期生育をいかにうまくとるかが重要だと感じています。また、酒米の胴割れ※2はお酒の品質に非常に大きく影響するため、栽培管理を徹底し適期での刈り取り丁寧な乾燥を心がけています。
最初は酒米づくりも初心者レベルでしたが、日々の経験と試行錯誤の結果、おいしい日本酒になる酒米を育てることができるようになったと思っています。結果はすぐには実らないものだという意識で取り組んでいましたので、決して諦めの気持ちをもったことはありません。
ただ「おいしいお米をつくりたい」それだけです。
できるだけ品質のよいものもできるだけ均一に作るのかが私達の仕事なので、主食用米も酒米も稲がストレスなく生育する土づくりと、手をかけ目をかけどれだけ愛情をそそいであげられるかが重要だと思ってます。
主食用は白米にするのにお米を10%程度しか削りませんが、酒米は50%以下まで削ることもあるため、品質が均一であることがとにかく重要です。適期収穫、乾燥調整、保管にとても気を遣っています。
八重原は気候・風土にとても恵まれています。特にお米の栽培に使う水は蓼科山の湧水だけを使っているんです。大きい川だと上流から生活排水が入るかもしれませんし、どんな工場があってどんな排水が出ているのかわからないですよね。ですが八重原用水は山の湧き水100%、安心です。八重原は昔はススキの生える原野でしたが、350年くらい前の江戸時代初期に先人たちが55キロにわたって水路をつくり上げてくれました。その御蔭で私達はいま米作りができています。
またここは四方八方高台に囲まれている台地。遮るものがないので太陽の光をしっかりあびて稲は育ち、夜は気温が下がるため病害虫も少なく農薬の使用も少なく健全で安全安心なお米です。昼間暖かく夜涼しいといった昼夜の気温差、日較差(にちかくさ)が大きいことは美味しい農産物をつくるのにとても重要です。
お米は、その土地の地力に合った育て方をしてあげることが一番です。
土地は持っている力以上のものはだせないので、土質、土のもつ養分などをよく知り、それを生かして稲が一番いいポテンシャルを発揮できる環境をつくってあげることが全てです。毎年気候も違いますので栽培方法も少しずつ変えながら、肥料の量を調整したり、植え付けの本数かえたりと常により良くを目指して取り組んでいます。
長野県のお酒について思うこと
私が日頃よく飲むお酒はやはり日本酒がメイン、主に醸造酒を好んで飲みます。
飲み方は銘柄ごとで違いますが、夏でも熱燗で飲んだりと色々楽しんでいます。
長野のお酒について、個々でやる取り組みはもちろん大切ですが、私たちが八重原米研究会や風土Link㈱を立ち上げた時と同じように、みんなで力を合わせて「チーム長野」として大きな取り組みにチャレンジして行く必要性を感じています。
風土Linkで輸出している先にシンガポールもあるんですが、そこのデパートにはものすごい数の日本酒の銘柄が並んでいます。現地の人たちは何で判断して購入しているかというと、一度買って美味しかったからとか、フェアでちょっと安いからなど、本来のその日本酒の魅力を知らずに購入しているんです。
そうなるとせっかく我々が精魂つくっても、その想いが伝わらず世界に広まるのはとっても残念。もうこれは長野県にとどまらず、日本全体としての方針を掲げ「日本産の日本酒に旗印」を打醒めるべきなのではと個人的には思っています。
■今後の活動
今後は、益々日本酒に関わる仕事がしていきたいと考えています。
酒米の規模や、それ以外にも違った形で日本酒に関わることができたら嬉しいです。
また八重原の良さを感じていただけるように今年1年かけてプロモーションビデオの作成にも取り組んでいます。動画で良さを感じていただき、ぜひ多くの方に実際に足を運んでいただきたいと思っています。こちらも完成次第サイトで公開するのでお楽しみに。
太陽と大地は、お客様に美味しいお米を積極的に届けていくその過程で、「土づくり」と「人づくり」の2つを大切にしていきます。
まずは、「土づくり」、農業という営み、そして農地を守っていくことを大切にします。
そして「人づくり」、元気な会社・人をつくり、地域に貢献していきたいと考えています。
これからも固定概念にとらわれずに、様々なチャレンジに挑戦していきたいです。
※1分蘖(ぶんげつ):イネ科などの植物の根元付近から新芽が伸びて株分かれする事
※2胴割れ(どうわれ):米粒の内部(胚乳部分)に亀裂を生じる現象